就農6年目2022年を振り返って、改めて農業を考える

農業
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2016年秋に会社員を辞め、2022年は就農して6年目となる一年でした。この一年を振り返ってみると、ある程度、年間の作業がルーティン化してきて、経営も落ち着いてきたかなという感想です。一方で、農業経営に対する考え方が就農当初とは少しずつ変わってきたように思います。今回はその経営に対する心境の変化をまとめてみたいと思います。就農して数年でどのような心境の変化があるのか興味のある農業者、これから農業の世界を志す人の参考になれば幸いです。

就農当初の考え

就農当初は、農業経営が軌道に乗るか不安でした。栽培技術も未熟な状態で就農しましたし、販売経路についても自分に合うものを少しずつ試してみました。
また、早く経営を軌道に乗せたい一心で、とにかく儲かる農業経営を探りながらの日々でした。かといって、農業技術もない中で、何かの作物に絞って専作でやる勇気はなく、水田での米作(これは、農地と集落営農との関係でやらざるを得ない状況です)と参入しやすそうな多品目での野菜を直売所に出荷するというスタイルをとっていました。そんな農業をやりながら、次第に農業経営の方向性、特に品目と販売先が絞れたらいいなという気持ちでいました。

農業という産業

一方で、実際に6年間農業経営をしてみて、農業は簡単には儲からないと実感しています。
農林水産省大臣官房統計部の農業経営統計調査 令和3年 農業経営体の経営収支によりますと、

この資料の表2 主業経営体の農業経営収支(全営農類型平均・全国・1経営体当たり)の令和3年の農業所得が約433万円となっております。
この数値自体は会社員と比較して、ぱっと見それほど低くないように見えるかもしれませんが、1人当たりではなく、1経営体当たりの所得です。イメージは家族で働いての所得です。だた、実感として、農家の所得はそんなものだろうという気がします。もちろん、経営が上手く、それよりずっと多く所得を上げている経営もあるでしょうが、多くの農家はそういう水準であることに違和感はありません。
農業が他の産業の構造的に異なっている点として
・天候
・価格
によるリスクが大きいことがあります。もちろん、契約栽培などである程度価格のリスクを抑えることはできる仕組みもあります。また、公的な制度や支援体制として、共済や保険の仕組みは用意されていますが、万全ではありません。そのため、計画的に借り入れを行うなどして、単純に経営規模を拡大すれば、規模のメリットが享受できて、成長し続けて所得が増えるとは限らないのが農業の実態です。

農業はそういう産業なのだなということが、身をもって理解できました。(就農前には、実感を持って理解することは難しいのではないでしょうか)

チャーノフの「小農経済の原理」

さて、農業は産業として厳しい環境で、実際の所得に対してはいまいち思い通りではないのですが、生活的にはあまり気にしていません。志が低いといわれるかもしれません(就農当初の私もそう思うと思います)。借金した上での農業を始めたわけではないというのもありますが、物欲もさほどなくあまりお金を使わなくなりました。好きな仕事で自由に働いて、そんな生活が割と心地よいです。

心地としては、ロシアの農学者チャーノフの「小農経済の原理」に共感するところがあります。今はこんな考え方がしっくりきています。

家族経営は、家族の生活物資への要求が高ければ高いほど農地を広げる。経営のみに携わる資本家であれば「これ以上資本を投資したらかえって不利になる」と評価するような限度をも超えて、肉体の疲労が限界に達するまで働こうとする。他方で、家族経営は、家族の消費欲求が低ければ低いほど規模を縮小する。たとえば、夫婦二人に子ども一人で少し稼げば十分に暮らしていけるのであれば、「もっと資本を投資すれば利潤を得ることができるのに」と資本家が評価するところでも、労働を止めてしまう。

藤原辰史「農の原理の史的研究」

就農して、6年が過ぎた2022年を振り返ると、このような考え方がしっくりきているのが現状です。
また、今後は月日が経つにつれて考え方も変わってくるかもしれませんが、しばらくは仕事の内容を整理しつつ、さらに心地よいポイントを見つけていけたらと思っています。

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