就農して、おそらく9回目の確定申告が終わりました。
今年も見事に“夢のある数字”とはいきませんでしたが、何とか農業を続けられる程度には踏みとどまっています。
さて、最近、営農を続ける中で感じているのは、農業と資本主義は本質的にベストマッチしないのではないかということです。
結論から言えば、農業は「自然と身体に制約された産業」であり、資本主義は「制約を突破して成長・拡大する仕組み」である、この前提の違いにズレがあるのではないかと考えています。
以下、もう少し具体的に見ていきます。
農業はレバレッジの効きにくい産業である
資本主義は本来、「投資→規模拡大→利益増大」というサイクルで動きます。
しかし農業は、規模に上限のある農地、制御できない気候、そして季節に縛られる栽培サイクルの中で営まれます。
借入などで資本を投じたとしても、工業のように一気に生産量を増やすことはできません。
言い換えれば、農業は“時間を買えない産業”です。
分業・標準化が難しい
資本主義の強みの一つは分業と標準化です。作業を分解し、誰でもできる形にすることで効率を高めていきます。
しかし農業は、地域ごとの気候、土壌、圃場条件があまりに異なり、同じ作物であっても同じやり方が通用しないことが多々あります。実際にやってみると、「この田畑はこうするしかない」という場面が必ず出てきます。これはマニュアル化しきれない領域です。
いわゆる「職人技が効く」世界です。
つまり農業は、再現性が低く、完全な分業が成立しにくい産業だといえます。
常に成長を目指すのは難しい
資本主義は、成長を前提とした仕組みです。成長し続けなければ競争に敗れてしまいます。一方で農業は、無理な規模拡大や効率化を進めると、事故やケガのリスク増大、過労による身体への負担、土地の酷使による地力低下、過剰生産による価格下落といった問題が現実的に発生します。
つまり農業は、成長の最大化よりも「持続」が優先される産業です。
まとめ
以上のような制約があるため、農業は他産業と比べて成長性に限界があり、結果として所得も見劣りすることが少なくありません。(私の確定申告の数字も、漏れずにこの仮説に収まります。)
もちろん、農業で高収益を上げている事例も存在します。ただしそれらは、分布で言えば上位に位置するものであり、誰もが再現できるものではないのも事実です。
農業は、資本主義のルールに完全に適合する産業ではありません。
むしろ、自然・時間・身体と折り合いをつけながら続けていく産業です。
その意味で農業は、「成長」ではなく「持続」を軸に評価されるべき産業なのかもしれません。華やかな成功事例だけでなく、こうした構造的な側面も含めて、農業という仕事を見てもらえたらと思います。


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